イギリスの競馬を統括しているのは「ジョッキークラブ」という団体です。どんなスポーツでも組織の一元化と制度の整備が行われるもので、これによりそのスポーツのルールや施工するための規則を統一し、全国で同じ基準で行われるようになるわけです。競馬も例外ではありません。
ジョッキークラブは18世紀初めにはイングランドに112か所、ウェールズに5か所の競馬場を抱えていていました。ものすごい数だと思います(^_^;)。これは単に数がすごいというだけでなく、それと同じ数の団体がイギリス全土に存在したということになります。要するに、競馬が行われていた各地方ごとにお偉い人たちが集まって、それぞれのルールを決めていたわけです。賭博性が高いスポーツであることから、ルールの統一と厳正な運用が求められたのは自然なことでした。
しかしながら、スポーツが賭博の対象となっていたのは競馬に限らず他のスポーツでも同様でした。規則があいまいなスポーツは衰退することが多いようです。貴族たちは自分の馬を出走させていたわけで、自分たちと関わりの深いものに関しては整備が速く、そうでないものは概ね遅いということが言えると思います。
ジョッキークラブが成立したのは、1752年ニューマーケットにて立ち上がったというのが一般的な解釈です。レーシングカレンダー(イギリスのレースに関する記録集のこと)にそのことが記載されいるようです。ただし、この記録書の出版が1751年だったということを考えると、ジョッキークラブはそれ以前から存在したと考えるのが妥当ではないでしょうか。
また、このレーシングカレンダーに登場する居酒屋の名前はロンドンの高級地に存在する店で、こういったことからニューマーケットがジョッキークラブ発祥の地というのは、多少無理があるのではないでしょうか。そして、1752年になって、活動のための拠点を確保しニューマーケットに移ったようです。
このレーシングカレンダーに「Plate」という単語が登場します。これはいわゆる「プレート競走」であり、優勝者に盾が贈られるレースなのですが、実際には銀のカップが贈られることが多かったようです。また、「King's Plate」は身分の高い者が優勝杯を贈るレースでした。
他には「sweepstakes」という形態もありました。これは各馬主が支払った出走登録料総額を賞金とし、勝ったものがそれを総取り(sweep)するというもの。この方法は、現在世界各地で一般的となっており、ここから「sweep」を取って「stakes」と呼ばれます。日本も例外ではなく、特別レースに登録するための登録料を、1着~3着の馬主に7:2:1の割合で付加賞として交付されています。これは、イギリス競馬の名残ですね。また、1,600万条件のレースは「○○ステークス」という名前が付けられていますが、これも「sweepstakes」の名残です。
このレーシングカレンダーには「heat」という単語も登場します。これは17世紀から18世紀にかけて行われたレースの形式のこと。この形式はひとつのレースが3~4回の競走(ヒート)で構成され、そこで多くのヒートに勝った馬がそのレースの勝ち馬となるルールでした。ひとつのヒートは4~6マイルという長距離ばかりで、ヒートが終わると30分ほどのインターバルを挟み再びヒートを繰り返していました。現在では信じられないほどの長距離レースだったため、体力のある成馬しか出走できませんでした。レースの勝者が決まるまで相当の時間と手間がかかったわけで、当時はかなりのんびりしていたのかなと思いました。(^_^;)
余談ですが、現代で「デッドヒート」という言葉は「接戦」というような意味で使われることが多いですが、本来は「deadheat」→ 無効なヒートというこで、「勝敗の付かなかったヒート」を意味します。すなわち、ゴール前で接戦となりどの馬が勝者なのかが判定できないヒートということです。昔は当然ながら肉眼での判定だったので、こういったことが多かったようです。
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